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東京地方裁判所 平成5年(ワ)5536号 判決

主文

一  被告は原告に対し、金三〇五万九一〇〇円及びこれに対する平成四年四月二九日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

理由

一1  請求原因1(原告の業務等)、2(本件媒介契約)、3(本件売買契約)、4(仲介報酬の一部支払い)の各事実は当事者間に争いがない。

2  同5の事実のうち、合意解除の事実については当事者間に争いがない。そして、本件のような不動産媒介契約において、仲介報酬残金の支払期限を売買対象土地の引渡時と定めたときは、引渡が行われないことが確定的になつたときには、その時点で報酬残金の支払期限が到来したものと解するのが相当である。したがつて、本件報酬残金は平成三年四月二八日支払期限が到来したものというべきである。

二  抗弁1について

1  一般に、不動産仲介報酬請求権は、当該業者の媒介により不動産売買契約が成立したときに発生し、右売買契約が後に債務不履行により解除されたり、合意解除されたりしても、原則的には報酬請求権に消長をきたさないものというべきである。しかしながら、仲介報酬は、業者の媒介の結果売買契約が成立したことに対して支払われるものであるから、不動産業者に、重要事項の告知義務違反等の義務不履行があり、それにより一旦売買契約が成立したものの、後に右の事由が基因となつてこれが解除された場合には、仲介報酬を請求しえないものと解するのが相当である。何となれば、不動産業者に右のような義務不履行がなければ、そもそも売買契約が成立せず、したがつて、報酬請求権も発生しなかつたはずであるのに、業者自身の義務不履行により報酬請求権が発生し、しかも結局業者の義務不履行を基因として売買契約が解除されて依頼者として得るところがなくなることとなり、業者自身の義務不履行により業者は報酬を取得し、依頼者は右報酬分の損失を被ることとなる結果となり、不合理であるからである。そこで、原告に右のような義務不履行があつたか否かにつき検討する。

2(一)  まず、被告は、本件土地には建築基準法四三条の接道義務に違反する瑕疵があつたと主張する。

しかしながら、建築基準法四三条のいわゆる接道義務の関係では、当該土地が仮に公図上道路に接していなくても、現況において道路に接していれば、接道義務を満たしているものと解されるところ、本件売買契約書添付図面(本判決添付図面)、《証拠略》によれば、本件土地は現況において約一五メートルにわたつて建築基準法四二条二項道路である本件道路に接していることが認められるから、本件土地は袋地といえないことは明らかである。

(二)  次に被告は、井上が当初した六八七一番一二二の土地の分筆では袋地となつてしまい、本件売買契約の履行期である八月三一日までには建築基準法四三条一項の接道義務を満たすべく分筆がされていなかつたと主張する。これが1に述べた意味での義務不履行にあたるか疑問もあるが、判断を加えておく。

なるほど、本件売買の対象土地は、旧六八七一番五〇の土地の一部約二八一平方メートルとされており、被告に所有権移転登記をするためには分筆することが必要であり、《証拠略》によれば、当初の分筆による六八七一番一二二の土地は、一見するとあたかも袋地であるかのようにみえる。しかしながら、《証拠略》によれば、本件売買は、井上が現に建物を建てて居住していた土地を現地で見分し、本件道路に接する敷地部分を買つたものであり、本件道路との境には目印として私石があつたこと、そして、本件土地については昭和五八年一二月二日付で現況測量図も作成されていること、そこで、これらを参考にして本件契約書添付の図面による本件土地を分筆すると、六八七一番一二二の土地のように分筆すべきこととなることがそれぞれ認められる。右のように分筆すると、その西辺との間に土地が余り、図面上は一見すると袋地のようにみえ、《証拠略》によれば、被告は右分筆図面を見て、これでは袋地になるとして問題にしたため、伊東は、右分筆をした立林土地家屋調査士と相談し、井上と交渉してさらに旧六八七一番五〇の土地の西辺一杯までを同番一二三の土地として分筆し、無償で被告に譲渡することとし、その旨八月二〇日に被告に報告したことが認められるが、本件土地付近はもともと公図が現況と一致していないのであり、道路自体が表示されていないのであるから、分筆図面をみただけで袋地云々をいうことはできないものであり(《証拠略》によれば、旧六八七一番五〇の土地は六八〇三番三〇五、同六六の土地と接して表示されており、《証拠略》によれば、これらは民有地であることが認められるから、これらに接するように分筆したからといつて公図上公の道路に接することとなるものではない。)、本件土地を六八七一番一二二の土地としてした分筆は誤りとはいいがたく、土地引渡の期限である八月三一日までに六八七一番一二三の土地が分筆されていなかつたからといつて、誤つた分筆しかできていなかつたとは断じがたい。のみならず、仮に被告が主張するように、六八七一番一二三の土地の分筆が必要であつたとしても、《証拠略》によれば、伊東は前記のように無償譲渡を受けたことを被告に対して報告して、仮に登記が八月三一日までに間に合わなくても必ず分筆、移転登記する旨確約し、現に右分筆は九月三日には完了していることが認められ(なお、被告は、これら六八七一番一二二、同番一二三の土地の分筆は、本件土地に接する本件道路の所有者である藤沢市の立会いを経ない違法なものであると主張するが、《証拠略》によれば、これらの分筆は現に受け付けられ、その後登記所は、右分筆を前提にして公図の訂正の申立てをさせたことが認められ、登記所や藤沢市でもことさらこれを問題としようとはしていないことが窺われるから、右手続の適法性自体を本件で問題にする必要はない。)、さらに、《証拠略》によれば、伊東は、被告の要望により本件道路が藤沢市の認定道路であることの証明を八月二九日及び九月六日に得ていることが認められるのである。右分筆及び認定道路の証明の日の一部は確かに支払期限である八月三一日を過ぎてはいるが、《証拠略》によれば、被告は、同じく本件道路に面した谷口方で建築確認を得ることができたことを知らされていたこと、井上と被告との間で残代金の請求等のやりとりがされ、本件合意解除に至つたのは、平成三年一〇月以降であり、それまで被告において右分筆登記の遅れ等を問題にしたことはなかつたことが認められることを総合すると、前記分筆の遅れ等が本件の合意解除につながつたものとは考えがたい。

(三)  被告は、右接道義務に関し、伊東は、本件道路の法的性格、所有関係、地番等につき説明せず、これが、接道義務の充足の有無、分筆手続の要否、官民査定の要否についての紛争を発生させた大きな要因となつたもので重要事項説明義務に違反していると主張する。

しかしながら、《証拠略》によれば、伊東は、本件売買成立前に被告を現地に案内し、現に本件土地に接している本件道路は、「市道二七七号線」で建築基準法四二条二項道路であり、セットバックすれば建物は問題なく建てられることを説明したことが認められるし、また、《証拠略》によれば、伊東は、本件売買成立後ではあるが、残代金決済に至る間も、被告の問い合わせに対し、本件道路は公図上は現れていないので地番はないこと、本件道路は「藤沢市道二七七号線」で市道であること、近隣の家も公図上は接道していないが建築確認上本件道路を使用していることを説明したことが認められ、重要事項の説明義務違反があつたとは認められない。

(四)  被告は、また、伊東は官民未査定のまま代金決済をするか否か説明せず、重要事項説明義務に違反したと主張する。

しかしながら、右事項が宅地建物取引業法三五条により説明することが法律上要求される重要事項であるとは解しがたいのみならず、《証拠略》によれば、本件売買契約書では、売主は残代金支払い期日までに資格ある者の測量による図面を交付しなければならないこととされ、その図面は、「現況測量図(官民未査定)」とされていること、この点も売買契約締結時に伊東から被告に対し説明し、官民査定をすることなく代金決済することを説明していることがそれぞれ認められるから、被告の主張は理由がない。

3(一)  次に、被告は、本件土地付近は公図と現況の不一致があり、土地自体瑕疵があり、さらに伊東は、本件道路が公図に載つていないことなどにつき具体的に説明をしなかつた説明義務違反があると主張する。

(二)  土地の売買その他の場面において公図ができるだけ現地に一致していることが望ましいことは確かである。しかしながら、公図と現況が一致していないことはままあることであり、それ自体土地の瑕疵であつて、当該土地取引を仲介することが許されないということにならないことはむしろ当然といえよう。

(三)  また、《証拠略》によれば、伊東は、平成三年三月三日被告に対し現地で本件土地の説明をしたときや、同年四月二六日被告宅に売買契約書案、重要事項説明書案、本件土地付近の公図等を持つていつた際に、本件土地付近では公図と現況が異なつており、公図には本件道路は表示されていないが、売買は、実際の測量図に基づいてすることなどを説明したことが認められるから、具体的な説明をしなかつたとの被告の主張は失当である。

4  被告は、伊東は、本件売買契約を仲介するにあたり、本件道路と本件土地の官民査定及び本件土地付近の公図訂正をすることを約したと主張し、乙第二八号証にはこれに副う部分があるが、前記認定のとおり、本件売買契約書によれば、売主が用意すべき測量図は「現況測量図(官民未査定)」とされていること、《証拠略》によれば、一般に官民査定には相当の期間がかかることが予想されることが認められること、公図の訂正も場合によつては相当長期間かかることも容易に予想されること及び《証拠略》に照らし採用できない。

5  被告は、さらに、原告は、官民査定や公図訂正が確実になされるように注視する注意義務があるのにこれを怠つたとか、あるいは、本件売買契約成立後仲介業者としての義務を誠実に履行していないなどと種々主張する。

しかしながら、本件売買契約が成立した以上1で述べたような義務不履行がない限り、本件報酬請求権の帰趨に影響がないものであつて、被告が縷々主張する事実は、仮にあつたとしても、被告の原告に対する損害賠償請求権が生ずることはありうるにしても、本訴の結論には影響を及ぼすものではなく、被告の右主張は主張自体失当というべきである。

6  被告は、伊東が、本件売買契約が履行されなかつたときは、未払いの報酬は請求しない旨合意したと主張し、《証拠略》中にはこれに副う部分があるが、《証拠略》に照らし採用できない。

7  被告は、原告の債務不履行により報酬残金相当の損害を被つたから、報酬残金請求権と損害賠償請求権とを対当額で相殺すると主張するが、そのいうところの損害賠償請求権は、まさに相殺の受働債権である報酬残金請求権が存在しないことを前提とするものであるから、主張自体失当といわざるを得ない。

三  以上によれば、原告の本訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 滿田明彦)

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